Biography

Yoshiyuki Yuguchi (湧口 善之)

 都市森林株式会社 代表取締役

 一般社団法人 街の木ものづくりネットワーク 代表理事

 世田谷トラストまちづくりファンド 運営委員

(小学時代)

読書、工作、プラモ、ラジコン、鉄道模型、昆虫・水性生物博士、土いじりと焚火。高学年からサッカー、布団の中でもサッカーボール、サッカーは夢!

(中学時代)

サッカー部入部、いじめに近い日々、まもなく退部、一人で自主練。人間不信、自己嫌悪の暗黒時代、ひたすら読書。

(高校時代)

サッカー部に入部するも、もはや歯車は噛み合わず。喪失したものの代償探し、なにかないかなにかないか。キャンプ、自転車登山、島サバイバル、様々な日雇い仕事。考古学への憧れ、国語・英語・論文のみ受験枠で國學院大学史学科に滑り込む。

(大学時代)

放蕩、1年次最下位の成績、以降、最前列で受講の日々、授業最高! 史学、芸術、文化人類学、民俗学。車旅とアウトドア、アウトドアサークル設立、空手町道場通い。香港、タイ、2ヶ月間のニュージーランド山小屋スキー。考古学には縁がなく、西洋史専攻へ、指導教官に恵まれ、先行研究を丁寧に押さえることの大切さを学ぶ。指導に従い先行研究の要約を作り続ける。卒論はシュルレアリスム、第一次、二次の両大戦間期にあって人生を燃焼させる方向を見失い、高揚した人生を取り戻さんと試行錯誤したシュルレアリストたち、無意識という新たな鉱脈に希望を託しつつ、共産主義という新たな神話にも傾倒した彼らの試行錯誤の本質は、自分がしていたのと同じ、人生の最良の日々を失った代償探しにほかならないものだった。卒業後は世界放浪を計画し、旅費作りに励んでいたが、ある時、旅は相変わらずの代償探しと気付いて行動不能。立ち止まり、検討の日々。

(厨二時代)

卒業後も検討の日々。自己と自己を取巻く世界とを見て、書いて、分析する。1年後、哲学書のようなものを書き上げてひとまず区切、再始動。優れた絵画がそうであるように、人々を高揚させられるようなものをつくりたい。作品は作者自身のあり方の反映であり残滓、どうあれるかはともかくどうありたいかだけは明確に。

(建築)

あらゆる素材と技術を扱えると考え建築の世界へ。旅行資金で建築の専門学校に入学。期待した教育を受けられず、すぐ中退、タダ働きで設計事務所へ。以降、複数の設計事務所で実務に従事。二級建築士資格取得。実務開始後間もなく、自主研究開始、実際の建築物や都市を体験し、要約作成を重ねる(史学科で学んだ手法。先達の仕事を蒐集、咀嚼する作業)。建築視察・研究の旅、最初の海外視察は2ヶ月弱のイタリア、以降、断続的に建築研究の旅、 20ヶ国。訪れたほぼすべての建築物、都市、集落、広場等について要約作成。優れた建築や空間に共通するいくつかの原則を抽出。「いまここにあるものでつくる」は、その原則のひとつ。

2007年、いまここにあるものでつくる最初の試み「ひとつの山の木で造る」家づくり。つくってみて分かったことは、いまここにあるものでつくる≠今の普通、普通でないことには無理が生じる。時代に合わないことを無理に実現させても徒花にしかなり得ない。「無理をしない」も「いまここにあるものでつくる」と同等に大事な原則、このままではダメ。行き詰まりを打開すべく、コンセプトやデザインをする側ではなく、実際に手を動かして作る側、としての学びに重点、作業場を整備、木工等の試行錯誤。

(木工)

2011年、高山移住、木工修行。檜、杉材の活用促進提案、家具等試作品製作、提案。国産木材および海外産木材数十樹種に触れ、実作。

(起業・都市森林株式会社)

2012年、東京に戻り企業、都市森林株式会社設立。檜・杉ほか日本の木全活用、都市森林資源(街の木と建築廃材)の活用を掲げ、木工品の企画・製作・販売、オーダー家具、インテリアの設計製作。街で伐られた木々の回収、活用を開始、様々な樹種のノウハウを蓄積。様々な街の木の現場に対応するうちに、木々の診断、伐採、製材、イベント、まちづくりが業務範囲に。

 

(マチモノ)

2013年、一般社団法人街の木ものづくりネットワーク(マチモノ)の前身となる、街の木を活かすものづくりの会設立。街の木を活用した木工イベント等による啓発活動。街の木を使った食器やメニューを提案するカフェと木工体験を組み合わせた、マチモノカフェ&ワークショップを毎月開催。2014年、街の木のいのちをつなぐ苗木づくりプロジェクト開始。2015年、街の木の恵みを食に活かす収穫祭開始(以降毎年開催)。2016年、最初の製材ワークショップを開催開始(以降毎年開催)。2017年、一般社団法人化。

実  績:Works参照